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暇じゃないのよ

どうしても吐き出したいことって、あるじゃない

好きなバンドのギターが脱退した

 
2月。春から受験生になってしまう私は、とりあえずツイッターをやめた。ライブに行くのをやめようと思った。たった1年の辛抱だから。4月に大好きなバンドのライブがある。丁度いいからそれを最後にしよう。
 
そう決めた1週間後に、そのバンドのギターがいなくなってしまった。
 
いなくなってしまったのだ。世間では失踪なんて言われている。連絡が取れなくなったそうだ。公式アナウンスには、とにかく彼がバンドからいなくなる、ということしか書かれていない。
 
ツイッターをやめて情報に疎くなった私がそれを知ったのは公式アナウンスから3時間ほど経ってからで、その説明文を何度読んでも、読んで読んで読み返しても、メンバーひとりひとりのコメントを読んでも、そこに書いてある意味がわからなくて、ただ呆然とすることしか出来なかった。
 
4月のライブに行くか迷った。豪華なサポートメンバー陣を迎えて敢行することになったワンマンライブ。
 
多くのグループアーティストが歌ってきたような、「絆」とか「最高の仲間」とか、そういうことを強調するバンドじゃない。いつだってボーカルの彼は自分たちのことを「たまたま結成した」ぐらいに言っていた。ライブの前に円陣で気合い入れなんかしないって言っていたし、熱いMCだってない。
多分、それでも彼らはその「たまたま結成した」バンドを大事にしていたはずだし、これから10年も、20年も、30年もこの4人で続いていくんだろう、そんなことも言っていた。
4人だけの音で構成されたバンドサウンドは間違いなく彼らのウリで、愛されるポイントだったはずだ。
 
捻くれ者の私は彼らの低い温度の空気感がとてつもなく好きで、だからこそ彼ら4人だけは揺るぎないと勝手に思い込んでいたのだ。
 
結局ライブは観に行った。指定席の広い会場で私の席は上手側、奇しくも本来ならギターの彼がいる場所。
 
「失踪」アナウンスからこのライブを見るまで1ヶ月と少し。
彼がひょっこり戻ってきて、ごくごく自然に「いつもの彼ら」になり、そういえば失踪とかあったよね、って、ゲラゲラ笑いながらそう言える日がすぐ来ることを、私は心の底でどこか期待していたのだ。まるでドラマみたいに。
公式アナウンスの文面に「連絡が取れない」とは書いてあれど「脱退」の文字はなかった、だから身勝手に信じていた。
 
でもボーカルは開口一番に言った。
 
「公式アナウンスが全てです、彼が脱退しても僕たちは前に進んで行きます」、とそれだけ。
 
ライブはつつがなく進行し、ギターの彼がそこにいなくても舞台の上の彼らはやっぱりかっこよかった。もちろんサポートギター陣のパフォーマンスが新鮮且つ素晴らしかったのもある。
 
終演後、私がたったひとつ口に出せた感想は「すごいよかった」。と同時に、ギターの彼がいなくても「すごいよかった」ことがなんだか無性に悔しくて、ライブ後特有の心地良い倦怠感に包まれながら電車に揺られ、気づいたら寝ていた。
 
このまま彼らは前に進んでいくのだ。
ギターの彼がいないことはいつか当たり前になり、ごく一部のファンがたまに4人の頃は、なんて昔を語るように呟く。それが普通になる日が近いうちに来る。
 
本人の口から脱退と聞いて現実を思い知らされ、今このバンドが望んでいるファンは「まだまだ成長(と私が言うのはとてもおこがましいのだけど)していく、3人の彼らを信じて支える」人だ。どこのグループアーティストにもいるだろうが、いつまでもグダグダ「昔の彼らが好きだった」とか言い続ける人はもはや正しいファンではない。
 
でも私は後者になってしまうだろう。
 
私はきっと、これからの彼らのライブを100%楽しむことは出来ない。
今後どういう体制でライブに、楽曲制作に挑むのかは知らないけれど、彼のいるはずだった上手側を忘れることは出来ないのだ。
 
6月。正しいファンでいられなくなった私はどうしたらいいのだろう。私はまだそれがわからないままでいる。
 
お読みくださりありがとうございました。